ariane slinger . http://www.versicherungstipps.ch/ 横浜中華学校校友会の歴史

1950  夏、校友生の合唱団結成
1950  12月 中華公立小学校16・17・18・19届及び中華学校第1届有志 が校 友会設立の協議
1951  1月6日 校友会準備大会開催、出席者約50人。胡本武董事会長、李錫経 校長、学生自治会代表のあいさつに続き、発起人が報告を行い、準備委員 を選出
4月 華僑総会ホールで「校友祭」を開催、抗日戦を内容とする演劇『戦闘 の中で成長』(日本語の脚本を広東語に翻訳)などで大成功を収める
5月 第1回校友会大会開催。章程を採択して第1届委員を選出(張師捷会 長)。校友会正式に成立
7月 第2回校友会大会開催(張師捷会長)。第2届委員会を選出、理事会 による李錫経校長への故なき更迭に抗議決議。あたる期間、集体午会、読 書会、週会、音楽鑑賞会、合唱活動など盛んとなる
1952  7月 第3回校友会大会開催。第3届委員会を選出(張師捷会長)
8月1日 母校にて八・一事件発生。校友会事務所が母校校舎から追い出さ れる
9月1日 九・一事件発生。午前、母校教師、家長、校友、学生10名が日 本警察に連行、逮捕されるが、警察署の前に集結した華僑の抗議により深 夜12時すぎ、ようやく釈放される
9月4日 家長の家を借り受け、分散教育が始まる
10月 張師捷同学が会長職を辞退し、潘創治同学が暫定会長につく
10月 校友会合唱班が率先して「黄河女声合唱団」を結成
12月 臨時校友会大会を開催。母校事件、救済金問題、台北問題を討論
1953  4月 横濱華僑總會禮堂で「校友祭」、広東語劇『再見』と北京語劇『洋状 元』を上演
6月 第1次帰国者集団帰国
7月 第4回校友大会(余斌華会長)、興安丸で校友生約50名、第4届委員の内8人が帰国し、校友会の活動力がそがれる
8月 青山梓先生が「黄河女声合唱団」の指導にあたる
9月 母校臨時校舎落成
1954  7月 横濱華僑總會禮堂で第5届校友会大会。第5届委員を選出(張文斌会 長)
11月3日 中国紅十字代表団(李德全団長)歓迎大会に学生出演(日比谷 公会堂)、代表団一行は横浜ニューグランドホテルに宿泊。校友生を含む 多数の華僑が現ロイヤルホール・ヨコハマの空き地などで歓迎団を「歓迎 李德全」の歌を歌って出迎える
1955  3月 祖国貿易使節団が母校訪問、林連徳先生随行
4月 横濱華僑總會禮堂で第6届校友会大会。第6届委員を選出(潘創治会 長)
8月 横浜公園野外音楽堂にて校友聯歓晩会開催
1956  4月 国際文化会館にて第7回校友会大会。(陳效蔭会長)。当日は井上頼豊 先生のチェロの演奏と島田先生の講演あり
5月5日 中国留学生同学総会創立10周年記念大会
6月 第1回旅日華僑青年聯歓節が東京・国鉄労働会館で開催。19団体120 余名、23地区から青年・学生及び僑胞約600名参加。同学総会初の試み 「国語弁論大会」、合唱は東京代表後楽寮・横浜代表黄河合唱団・神戸代表 校友会・中国音楽研究会が出演。演劇は神戸中華春秋戯劇団が『緊急集合』、 横浜校友会が『奶奶的心事』(おばあちゃんの心配事)を演じた
6月 校友会、夏休み国語学習会を主催
8月 祖国平和代表団(団長:許広平女史)母校訪問。呉応健校友が通訳とし て随行、校友と座談会を開く
1957  3月 江田澄先生が「黄河合唱団」の指導にあたる
6月 母校児童節にて「黄河女声合唱団」が小歌劇『果園姐妹』を演じる
6月 中国青年代表団学校訪問、100余人の校友生と座談会を開催
7月 母校で第8届校友会大会。第8届委員を選出(唐鶴棋会長)
8月 校友会がバスケット・バレー・卓球の選手20人を、神戸中華同文学校校 友会成立10周年記念大会に派遣
10月 母校の秋季運動会に約250名の校友生が参加
1958  5月 婦女会館で「5・4」晩会開催
6月 婦女会館で第9届校友会大会。第9届委員を選出(費龍禄会長)
6月~8月 第2回華僑青年会聯歓会に参加。バスケット、バレー、劇『貨 朗哥』、黄河合唱団による舞踏と合唱
 国語学習会を主催。李敏徳先生が指導
10月 母校運動会にて校友生が仮装行列などを演じる
1959  2月 拡大委員会を開催し、10周年記念活動を討論
5月 校友会10周年記念実行委員会正式発足
8月 校友会成立10周年記念大会を母校で開催。各地華僑青年120人参加、 文芸・スポーツなどの活動で友情を深める。10周年記念会報発行
1960  7月 第11届校友会大会。第11届委員を選出(曽德深会長)
7月18日 横浜華僑聯誼会成立、協力団体に校友会
8月 校友会から第3回華僑青年聯歓節(東京)80人参加、文芸晩会にお いて「黄河合唱団」が歌劇『母親』を演じる。祖国訪日労働代表(劉寧一 団長)の出席を得る
 定例で建設会館にてソシアルダンス講習会を開催(責任者・黄偉初)
1961  3月 本会が男女25名からなるバスケットチームを神戸中華同文学校校友 会との友好試合に派遣
4月 祖国訪日婦女代表母校を訪問、華僑、校友生とそれぞれ懇談会を開く。 夕刻、中華街にて歓迎宴を開催
5月 校友会、日本華僑青年聯誼会の代表会議(京都)に代表3人を派遣、 会則を定め、第1届委員選出、在日華僑青年運動の基礎を作る
6月 第12届校友会大会。10周年記念大会以来の低迷を打開するため、  章程を修正し、第12届委員を選出(曽德深会長)
8月 京都、第1回華僑青年学習会に校友会から10人参加
9月 章程にのっとり、第1次拡大委員会を開催。25名の常務委員代表出 席
1962  8月 大阪で開催された第4回華僑青年聯歓節に参加
 「黄河合唱団」、学校事件10周年記念大会出演
9月 黄河合唱団成立10周年記念音楽会
12月11日 「黄河」、「日本のうたごえ祭典10周年」に出演
1963  8月 第14届校友会大会。第14届委員を選出(鄭青榮会長、陳啓星副会長)
8月 横浜で開催された第5回華僑青年聯歓節に参加
10月、11月 「黄河」が「神奈川のうたごえ」、「日本のうたごえ」の舞 台に出演 
1964  6月 校友生、劇『年軽的一代 若い世代』を演ずる(10月、東京で再演)
 校友会大会を開催。新委員を選出(唐鶴棋会長)
8月 神戸、六甲山で開催された第6回華僑青年聯歓節に参加
1965  4月 クリフサイドでダンスパーティ
5月 「5・4運動」を記念し、横浜公園内のフライヤージムでバスケット、  バレー・卓球の球技友誼試合を開催。
 「黄河」と中華書店は祖国音楽鑑賞会を共催。
 「油壺」へ「春遊会」。
 時事学習会「紅花会」は高中生班と成人班に拡大(計30名)
7月~8月 本栖湖で開催された第7回華僑青年聯歓節に参加
1966  7月31日~8月4日 旅日華僑青年聯誼会主催第1回少年聯歓節を横浜山 手中華学校で開催。小4から中3まで131名参加
8月 京都で開催された第8回華僑青年聯歓節に参加
1967  3月2日 東京善隣学生会館事件発生。東京都文京区にある善隣学生会館に おいて、ヘルメットに棍棒で武装した日本共産党影響下の日中友好協会の メンバーと「民青」ゲバルト部隊が、後楽寮中国人寮生ら7名を襲撃し重 症を負わせた
 校友会は善隣学生会館から日本共産党系の「ニセ日中友好協会」の事務所 を追放し、1969年まで、支援メンバーを交代で常駐させた
7月 大阪で開催された第9回華僑青年聯歓節に参加
8月 神戸で開催された第2回少年聯歓節に協力
1968  4月 「黄河」は成立15周年を記念して歌舞劇『顆顆紅心向祖国』を演じる
8月2日 横浜で最後の聯歓節となる、第10回聯歓節開催。「黄河」が歌劇 『顆顆紅心向祖国』を演じ、好評を博す。東京代表は後楽寮の「反修闘争」、 京都代表は「光華寮闘争」、鹿児島代表は華僑の公有財産を守る闘争、島 根代表は青年組織を作る活動を報告。参加者300余名。全員が中華街でデ モ行進
1969  4月 第20届校友会大会。第20届委員を選出(劉継忠会長)
1971  第22届校友会大会。第22届委員を選出(呂行雄会長、曽德深・劉継忠副会 長)
3月17日~5月15日 中国チーム(趙正洪団長、王暁雲副団長)来日、 名古屋市の第31回世界卓球選手権大会参加
 校友生ら多数の華僑青年が中国チームの警護に協力する
1972  8月 学校運動場で第1回校友聯歓会(以降、夏休み恒例の行事に)
1973  第24届校友会大会。第24届委員を選出(楊存儀会長)
8月 校友会聯歓会を開催
1975  5月 校友会と本校の中・高学部が獅龍隊を組織して初めて横浜みなと国際 仮装行列に参加
1976  5月22日 横浜華僑正常化僑民委員会委員長一行が横濱華僑總会に管理 問題で交渉に赴いた際、19人の校友生ら僑胞が不法侵入罪で警察に逮捕 される
5月25日 横浜華僑総会正常化僑民大会(出席538、委任1,368)、来賓 に、長洲一二神奈川県知事・飛鳥田一雄横浜市長・肖向前中国大使館参事 官・陳焜旺東京華僑総会副会長ら出席。中華民国留日横浜華僑総会会則改 正案を通過、僑民の大多数を代表する理事会を選出し、馬偉鴻が会長の職 に就任した(会場、県立勤労会館)
1977  第28届校友大会(馬国錦会長)
1978  6月5日 中国・第8回アジアスポーツ大会の選抜試合に世界から13名の 台湾籍華僑華人が招待され、その内1名が横浜の校友生
8月11日~13日 相模湖にて青年キャンプ会。参加20名
8月22日 母校校庭にて 校友会聯歓会開催
1979  3月 新春聯歓会、94名参加
4月8日 中華青年スポーツ友誼大会。母校校庭にて開催
5月 開港120周年「横浜開港記念国際仮装行列」参加。その後毎年参加
6月9日 校友会の帰国旅行団(馬国錦団長)は北京で帰国校友生と聯歓
1988  2月17日 中国画報邢雁社長、細郷横浜市長を訪問、余斌華日本部副主任  (1届校友生、第2代会長)随行
1980~1990
(1)横浜華僑青年会と共同で獅子舞、龍舞を日本各地で表演
(2)中国大使館の館員各位と交流
(3)1981月1月20日 退職された、細川廓真・潘創治両教師を囲む 「慰労宴」開催
(4)長野県へスキー旅行、長野華僑総会の歓待を受ける
(5)富士急ハイランドへスケート旅行
(6)三浦海岸へ海水浴
(7)伊豆海岸へ海水浴
1990  火災で消失、再建なった関帝廟の「新関帝廟竣工慶祝大会」を全力で協賛
1993  4月 黄偉初氏が校友生初の校長として李玉剛氏の後任に就任
12月5日 朝日中国語弁論大会で校友生優勝
1995  3月23日 校友会、恩師細川廓真夫妻のダイヤモンド婚祝賀会開催、70  余名参加
1996  3月13日 校友会各届代表大会開催、章程改定、新理事会選出(謝成發会 長)。若い世代の校友生が横浜華僑青年会に流れ、校友会活動が経年ごと にそがれていったが、この大会は校友会活動再活性化のきっかけとなった
1970  7月 第2回各届代表大会で聯歓会復活を決定
8月 校友会聯歓会再開
1997  6月 横浜中華街「街づくり」団体連合協議会成立、校友会も参加
6月「香港回帰祖国」カウントダウン祝賀行事を華僑総会と共催
7月 第3回各届代表大会開催
8月 校友会聯歓会を開催
1998  5月 『校友会名簿』発行
6月 第4回各届代表大会開催
11月12日 学校百周年慶祝行事として音楽の専門教育を受けた校友生有 志が「横浜山手中華学校校友生音楽研究会」(華音会)を結成し、この日 音楽会を開催(これより毎年開催、歴史項の最終頁に「華音会のあゆみ」 掲載)
5月~11月 母校「百年華誕慶祝活動」に協力
8月 元街小学校運動場に特設ステージを組み、母校と合同で聯歓会開催
1999  第5回各届代表大会開催
8月 校友会聯歓会を開催
2000  6月 「2000横浜中華学校校友会各届代表大会」開催
8月 校友会聯歓会を開催
2001  8月 校友会聯歓会は台風により中止
2002  6月12日 「2002横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 新理事選出(王忠福会長)理事会は毎月定例開催となる
8月 校友会聯歓会を開催 (参加者は500名を超えた)
2003  7月 東京の青年と共に「第6回華僑青年交流会」を開催(王忠福実行委員 長、参加者110名)
8月 校友会聯歓会を開催
9月29日 北京で「旅日華僑・留学生帰国50周年記念大会」開催(華僑 大廈)。帰国華僑・留学生200名、日本から横浜・神戸の校友生、華僑団 体の責任者50余名と国内の来賓合わせて300余名参加。記念文集『回国 五十年』発刊
11月 バス旅行[恩師と訪ねる紅葉の足柄路]30名参加
2004  春節、媽祖祭、関帝誕、国際仮装行列、あーすフェスタかながわ、国慶節、 年越しカウントダウンなど、僑団や街のイベントに積極的に協力
3月 校友会獅子倶楽部が発起人会議を開催。
6月8日 「2004横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 (70名参加)、 「横浜中華学校校友会国術団」を結成(初代団長謝成發)
2005  8月2日 ツーリング大会
7月9日、ボーリング大会を伊勢佐木町のヤングボウルで開催
8月9日 元町のClub Why Notにてダンスパーティーを開催、20代を中心とする男女70名が集まった
9月 バスケット部成立、毎月1回区内の体育館を借りて活動(鄭浩志部長)
9月6日 横浜中華公立学校校友会(黄弐成会長)主催の「夏のお食事会」 が均昌閣水龍宮館において午後5時半より開かれ、40数名の校友生が小 学校時代の話に花を咲かせた
2006  3月7日 校友会第1回新入会員歓迎会を元町の霧笛楼で開催。これより毎 年開催
4月 国術団舞踏組結成
6月14日 「2006横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 (70名参加)横浜山手中華学校に100万円、媽祖廟管理委員会に30万円 寄付
2007  3月8日 校友会新入会員歓迎会を開催
4月 校友生有志による華音混声合唱団結成(鄭青榮団長)
8月23日 校友会聯歓会開催。この年より若いスタッフが主体となる
11月20日 第10回「華音会」音楽会開催
2008  3月6日 校友会新入会員歓迎会をメルパルクで開催。この年より会場変更
5月 四川大地震義援金5万円を拠出
6月10日 「2008横浜中華学校校友会各届代表大会」同発新館大ホールに て開催。「横浜山手中華学校校舎移転拡張事業」の実現化を前に、校友生 の力を結集しようという趣旨で、各届代表のみならず一般会員にも広く参 加が呼びかけられ、190余名が参加した
8月26日 山手校舎最後の校友会聯歓会開催
2009  1月6日 ボーリング大会(ハイランドレーンにて)と新年会開催
3月5日 校友会新入会員歓迎会を開催
8月26日 校友会聯歓会において新校舎建設資金として1,100万円を母 校に寄付
12月 横浜中華学校校友会国術団(森甚太団長)一行7名が、中国広州で 開催された「文化中国・全球華人中華才芸(龍獅)大会」の決勝に出場。  「最具潜力賞」を獲得
2010  1月 ボーリング大会と新年会開催
3月4日 第61届2クラス64名の卒業生を招き、校友会新入会員歓迎会を 開催
4月3日 母校新校舎落成・熊猫幼稚園創立祝賀会の「開光典礼」に国術団 が協力
 母校1階に校友会室開設
6月15日 中華街の菜香新館に会員代表90名を集め、「2010横浜中華学 校校友会各届代表大会」を開催し、校舎移転に伴い、会の所在地を山手町 から吉浜町2‐66に変更するとともに、一般会員の代表大会への参加を 歓迎するむね章程を改定。(謝明華会長を選出)
8月24日 初めて新校舎講堂で校友聯歓会を開催。過去最大の650名余が 参加 (実行委員長潘永誠)
10月19日 母校と熊猫幼稚園の教職員と校友会理事が茘香尊酒家で懇親 会。(50名が参加)金一封と、小学部・中学部のバスケット部と卓球部に 「山手中華学校」の文字が染められた応援横断幕、舞踏部に舞踏用扇子、  中学生用獅子3頭と幼稚園児用獅子5頭を贈る
2011  1月22日 高校生・大学生ら若い会員を主体とした新年会を伊勢佐木町の 「龍鳳」で開催
3月3日 校友会新入会員歓迎会を開催
3月20日 国術団が媽祖祭の「東北地方太平洋沖大地震被災者支援パレー ド」 に参加し、募金活動を行う
4月3日 東日本大震災の復興チャリティーバザーに国術団出演
5月11日 歴代会長を招いて現理事と懇親会。張師捷・潘創治・費龍禄・ 曽德深・鄭青榮・謝成發・王忠福の歴代会長が出席
8月6日 母校6階体育館にてバスケット部OB会開催
 (学校側担当:窪野明男・鄭民財。OB世話人:黎啓榕・梁慶民・謝明華)
 新校舎体育館にバスケット部のOB、1届生から中学1年生まで総勢73  名が一同に会し、試合やフリースロー競技などの交流を行った。OBは夕 刻より、途中参加も含めて60名が三和楼で懇親会を開いた
8月24日 横 浜中華学校校友会60周年記念大会・2011聯歓会を母校 にて開催(実行委員長梁慶民)
 『横浜中華学校校友会60周年記念誌』を発行
1950  夏、校友生の合唱団結成
1950  12月 中華公立小学校16・17・18・19届及び中華学校第1届有志 が校 友会設立の協議
1951  1月6日 校友会準備大会開催、出席者約50人。胡本武董事会長、李錫経 校長、学生自治会代表のあいさつに続き、発起人が報告を行い、準備委員 を選出
4月 華僑総会ホールで「校友祭」を開催、抗日戦を内容とする演劇『戦闘 の中で成長』(日本語の脚本を広東語に翻訳)などで大成功を収める
5月 第1回校友会大会開催。章程を採択して第1届委員を選出(張師捷会 長)。校友会正式に成立
7月 第2回校友会大会開催(張師捷会長)。第2届委員会を選出、理事会 による李錫経校長への故なき更迭に抗議決議。あたる期間、集体午会、読 書会、週会、音楽鑑賞会、合唱活動など盛んとなる
1952  7月 第3回校友会大会開催。第3届委員会を選出(張師捷会長)
8月1日 母校にて八・一事件発生。校友会事務所が母校校舎から追い出さ れる
9月1日 九・一事件発生。午前、母校教師、家長、校友、学生10名が日 本警察に連行、逮捕されるが、警察署の前に集結した華僑の抗議により深 夜12時すぎ、ようやく釈放される
9月4日 家長の家を借り受け、分散教育が始まる
10月 張師捷同学が会長職を辞退し、潘創治同学が暫定会長につく
10月 校友会合唱班が率先して「黄河女声合唱団」を結成
12月 臨時校友会大会を開催。母校事件、救済金問題、台北問題を討論
1953  4月 横濱華僑總會禮堂で「校友祭」、広東語劇『再見』と北京語劇『洋状 元』を上演
6月 第1次帰国者集団帰国
7月 第4回校友大会(余斌華会長)、興安丸で校友生約50名、第4届委員の内8人が帰国し、校友会の活動力がそがれる
8月 青山梓先生が「黄河女声合唱団」の指導にあたる
9月 母校臨時校舎落成
1954  7月 横濱華僑總會禮堂で第5届校友会大会。第5届委員を選出(張文斌会 長)
11月3日 中国紅十字代表団(李德全団長)歓迎大会に学生出演(日比谷 公会堂)、代表団一行は横浜ニューグランドホテルに宿泊。校友生を含む 多数の華僑が現ロイヤルホール・ヨコハマの空き地などで歓迎団を「歓迎 李德全」の歌を歌って出迎える
1955  3月 祖国貿易使節団が母校訪問、林連徳先生随行
4月 横濱華僑總會禮堂で第6届校友会大会。第6届委員を選出(潘創治会 長)
8月 横浜公園野外音楽堂にて校友聯歓晩会開催
1956  4月 国際文化会館にて第7回校友会大会。(陳效蔭会長)。当日は井上頼豊 先生のチェロの演奏と島田先生の講演あり
5月5日 中国留学生同学総会創立10周年記念大会
6月 第1回旅日華僑青年聯歓節が東京・国鉄労働会館で開催。19団体120 余名、23地区から青年・学生及び僑胞約600名参加。同学総会初の試み 「国語弁論大会」、合唱は東京代表後楽寮・横浜代表黄河合唱団・神戸代表 校友会・中国音楽研究会が出演。演劇は神戸中華春秋戯劇団が『緊急集合』、 横浜校友会が『奶奶的心事』(おばあちゃんの心配事)を演じた
6月 校友会、夏休み国語学習会を主催
8月 祖国平和代表団(団長:許広平女史)母校訪問。呉応健校友が通訳とし て随行、校友と座談会を開く
1957  3月 江田澄先生が「黄河合唱団」の指導にあたる
6月 母校児童節にて「黄河女声合唱団」が小歌劇『果園姐妹』を演じる
6月 中国青年代表団学校訪問、100余人の校友生と座談会を開催
7月 母校で第8届校友会大会。第8届委員を選出(唐鶴棋会長)
8月 校友会がバスケット・バレー・卓球の選手20人を、神戸中華同文学校校 友会成立10周年記念大会に派遣
10月 母校の秋季運動会に約250名の校友生が参加
1958  5月 婦女会館で「5・4」晩会開催
6月 婦女会館で第9届校友会大会。第9届委員を選出(費龍禄会長)
6月~8月 第2回華僑青年会聯歓会に参加。バスケット、バレー、劇『貨 朗哥』、黄河合唱団による舞踏と合唱
 国語学習会を主催。李敏徳先生が指導
10月 母校運動会にて校友生が仮装行列などを演じる
1959  2月 拡大委員会を開催し、10周年記念活動を討論
5月 校友会10周年記念実行委員会正式発足
8月 校友会成立10周年記念大会を母校で開催。各地華僑青年120人参加、 文芸・スポーツなどの活動で友情を深める。10周年記念会報発行
1960  7月 第11届校友会大会。第11届委員を選出(曽德深会長)
7月18日 横浜華僑聯誼会成立、協力団体に校友会
8月 校友会から第3回華僑青年聯歓節(東京)80人参加、文芸晩会にお いて「黄河合唱団」が歌劇『母親』を演じる。祖国訪日労働代表(劉寧一 団長)の出席を得る
 定例で建設会館にてソシアルダンス講習会を開催(責任者・黄偉初)
1961  3月 本会が男女25名からなるバスケットチームを神戸中華同文学校校友 会との友好試合に派遣
4月 祖国訪日婦女代表母校を訪問、華僑、校友生とそれぞれ懇談会を開く。 夕刻、中華街にて歓迎宴を開催
5月 校友会、日本華僑青年聯誼会の代表会議(京都)に代表3人を派遣、 会則を定め、第1届委員選出、在日華僑青年運動の基礎を作る
6月 第12届校友会大会。10周年記念大会以来の低迷を打開するため、  章程を修正し、第12届委員を選出(曽德深会長)
8月 京都、第1回華僑青年学習会に校友会から10人参加
9月 章程にのっとり、第1次拡大委員会を開催。25名の常務委員代表出 席
1962  8月 大阪で開催された第4回華僑青年聯歓節に参加
 「黄河合唱団」、学校事件10周年記念大会出演
9月 黄河合唱団成立10周年記念音楽会
12月11日 「黄河」、「日本のうたごえ祭典10周年」に出演
1963  8月 第14届校友会大会。第14届委員を選出(鄭青榮会長、陳啓星副会長)
8月 横浜で開催された第5回華僑青年聯歓節に参加
10月、11月 「黄河」が「神奈川のうたごえ」、「日本のうたごえ」の舞 台に出演 
1964  6月 校友生、劇『年軽的一代 若い世代』を演ずる(10月、東京で再演)
 校友会大会を開催。新委員を選出(唐鶴棋会長)
8月 神戸、六甲山で開催された第6回華僑青年聯歓節に参加
1965  4月 クリフサイドでダンスパーティ
5月 「5・4運動」を記念し、横浜公園内のフライヤージムでバスケット、  バレー・卓球の球技友誼試合を開催。
 「黄河」と中華書店は祖国音楽鑑賞会を共催。
 「油壺」へ「春遊会」。
 時事学習会「紅花会」は高中生班と成人班に拡大(計30名)
7月~8月 本栖湖で開催された第7回華僑青年聯歓節に参加
1966  7月31日~8月4日 旅日華僑青年聯誼会主催第1回少年聯歓節を横浜山 手中華学校で開催。小4から中3まで131名参加
8月 京都で開催された第8回華僑青年聯歓節に参加
1967  3月2日 東京善隣学生会館事件発生。東京都文京区にある善隣学生会館に おいて、ヘルメットに棍棒で武装した日本共産党影響下の日中友好協会の メンバーと「民青」ゲバルト部隊が、後楽寮中国人寮生ら7名を襲撃し重 症を負わせた
 校友会は善隣学生会館から日本共産党系の「ニセ日中友好協会」の事務所 を追放し、1969年まで、支援メンバーを交代で常駐させた
7月 大阪で開催された第9回華僑青年聯歓節に参加
8月 神戸で開催された第2回少年聯歓節に協力
1968  4月 「黄河」は成立15周年を記念して歌舞劇『顆顆紅心向祖国』を演じる
8月2日 横浜で最後の聯歓節となる、第10回聯歓節開催。「黄河」が歌劇 『顆顆紅心向祖国』を演じ、好評を博す。東京代表は後楽寮の「反修闘争」、 京都代表は「光華寮闘争」、鹿児島代表は華僑の公有財産を守る闘争、島 根代表は青年組織を作る活動を報告。参加者300余名。全員が中華街でデ モ行進
1969  4月 第20届校友会大会。第20届委員を選出(劉継忠会長)
1971  第22届校友会大会。第22届委員を選出(呂行雄会長、曽德深・劉継忠副会 長)
3月17日~5月15日 中国チーム(趙正洪団長、王暁雲副団長)来日、 名古屋市の第31回世界卓球選手権大会参加
 校友生ら多数の華僑青年が中国チームの警護に協力する
1972  8月 学校運動場で第1回校友聯歓会(以降、夏休み恒例の行事に)
1973  第24届校友会大会。第24届委員を選出(楊存儀会長)
8月 校友会聯歓会を開催
1975  5月 校友会と本校の中・高学部が獅龍隊を組織して初めて横浜みなと国際 仮装行列に参加
1976  5月22日 横浜華僑正常化僑民委員会委員長一行が横濱華僑總会に管理 問題で交渉に赴いた際、19人の校友生ら僑胞が不法侵入罪で警察に逮捕 される
5月25日 横浜華僑総会正常化僑民大会(出席538、委任1,368)、来賓 に、長洲一二神奈川県知事・飛鳥田一雄横浜市長・肖向前中国大使館参事 官・陳焜旺東京華僑総会副会長ら出席。中華民国留日横浜華僑総会会則改 正案を通過、僑民の大多数を代表する理事会を選出し、馬偉鴻が会長の職 に就任した(会場、県立勤労会館)
1977  第28届校友大会(馬国錦会長)
1978  6月5日 中国・第8回アジアスポーツ大会の選抜試合に世界から13名の 台湾籍華僑華人が招待され、その内1名が横浜の校友生
8月11日~13日 相模湖にて青年キャンプ会。参加20名
8月22日 母校校庭にて 校友会聯歓会開催
1979  3月 新春聯歓会、94名参加
4月8日 中華青年スポーツ友誼大会。母校校庭にて開催
5月 開港120周年「横浜開港記念国際仮装行列」参加。その後毎年参加
6月9日 校友会の帰国旅行団(馬国錦団長)は北京で帰国校友生と聯歓
1988  2月17日 中国画報邢雁社長、細郷横浜市長を訪問、余斌華日本部副主任  (1届校友生、第2代会長)随行
1980~1990
(1)横浜華僑青年会と共同で獅子舞、龍舞を日本各地で表演
(2)中国大使館の館員各位と交流
(3)1981月1月20日 退職された、細川廓真・潘創治両教師を囲む 「慰労宴」開催
(4)長野県へスキー旅行、長野華僑総会の歓待を受ける
(5)富士急ハイランドへスケート旅行
(6)三浦海岸へ海水浴
(7)伊豆海岸へ海水浴
1990  火災で消失、再建なった関帝廟の「新関帝廟竣工慶祝大会」を全力で協賛
1993  4月 黄偉初氏が校友生初の校長として李玉剛氏の後任に就任
12月5日 朝日中国語弁論大会で校友生優勝
1995  3月23日 校友会、恩師細川廓真夫妻のダイヤモンド婚祝賀会開催、70  余名参加
1996  3月13日 校友会各届代表大会開催、章程改定、新理事会選出(謝成發会 長)。若い世代の校友生が横浜華僑青年会に流れ、校友会活動が経年ごと にそがれていったが、この大会は校友会活動再活性化のきっかけとなった
1970  7月 第2回各届代表大会で聯歓会復活を決定
8月 校友会聯歓会再開
1997  6月 横浜中華街「街づくり」団体連合協議会成立、校友会も参加
6月「香港回帰祖国」カウントダウン祝賀行事を華僑総会と共催
7月 第3回各届代表大会開催
8月 校友会聯歓会を開催
1998  5月 『校友会名簿』発行
6月 第4回各届代表大会開催
11月12日 学校百周年慶祝行事として音楽の専門教育を受けた校友生有 志が「横浜山手中華学校校友生音楽研究会」(華音会)を結成し、この日 音楽会を開催(これより毎年開催、歴史項の最終頁に「華音会のあゆみ」 掲載)
5月~11月 母校「百年華誕慶祝活動」に協力
8月 元街小学校運動場に特設ステージを組み、母校と合同で聯歓会開催
1999  第5回各届代表大会開催
8月 校友会聯歓会を開催
2000  6月 「2000横浜中華学校校友会各届代表大会」開催
8月 校友会聯歓会を開催
2001  8月 校友会聯歓会は台風により中止
2002  6月12日 「2002横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 新理事選出(王忠福会長)理事会は毎月定例開催となる
8月 校友会聯歓会を開催 (参加者は500名を超えた)
2003  7月 東京の青年と共に「第6回華僑青年交流会」を開催(王忠福実行委員 長、参加者110名)
8月 校友会聯歓会を開催
9月29日 北京で「旅日華僑・留学生帰国50周年記念大会」開催(華僑 大廈)。帰国華僑・留学生200名、日本から横浜・神戸の校友生、華僑団 体の責任者50余名と国内の来賓合わせて300余名参加。記念文集『回国 五十年』発刊
11月 バス旅行[恩師と訪ねる紅葉の足柄路]30名参加
2004  春節、媽祖祭、関帝誕、国際仮装行列、あーすフェスタかながわ、国慶節、 年越しカウントダウンなど、僑団や街のイベントに積極的に協力
3月 校友会獅子倶楽部が発起人会議を開催。
6月8日 「2004横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 (70名参加)、 「横浜中華学校校友会国術団」を結成(初代団長謝成發)
2005  8月2日 ツーリング大会
7月9日、ボーリング大会を伊勢佐木町のヤングボウルで開催
8月9日 元町のClub Why Notにてダンスパーティーを開催、20代を中心とする男女70名が集まった
9月 バスケット部成立、毎月1回区内の体育館を借りて活動(鄭浩志部長)
9月6日 横浜中華公立学校校友会(黄弐成会長)主催の「夏のお食事会」 が均昌閣水龍宮館において午後5時半より開かれ、40数名の校友生が小 学校時代の話に花を咲かせた
2006  3月7日 校友会第1回新入会員歓迎会を元町の霧笛楼で開催。これより毎 年開催
4月 国術団舞踏組結成
6月14日 「2006横浜中華学校校友会各届代表大会」を大珍楼新館で開催。 (70名参加)横浜山手中華学校に100万円、媽祖廟管理委員会に30万円 寄付
2007  3月8日 校友会新入会員歓迎会を開催
4月 校友生有志による華音混声合唱団結成(鄭青榮団長)
8月23日 校友会聯歓会開催。この年より若いスタッフが主体となる
11月20日 第10回「華音会」音楽会開催
2008  3月6日 校友会新入会員歓迎会をメルパルクで開催。この年より会場変更
5月 四川大地震義援金5万円を拠出
6月10日 「2008横浜中華学校校友会各届代表大会」同発新館大ホールに て開催。「横浜山手中華学校校舎移転拡張事業」の実現化を前に、校友生 の力を結集しようという趣旨で、各届代表のみならず一般会員にも広く参 加が呼びかけられ、190余名が参加した
8月26日 山手校舎最後の校友会聯歓会開催
2009  1月6日 ボーリング大会(ハイランドレーンにて)と新年会開催
3月5日 校友会新入会員歓迎会を開催
8月26日 校友会聯歓会において新校舎建設資金として1,100万円を母 校に寄付
12月 横浜中華学校校友会国術団(森甚太団長)一行7名が、中国広州で 開催された「文化中国・全球華人中華才芸(龍獅)大会」の決勝に出場。  「最具潜力賞」を獲得
2010  1月 ボーリング大会と新年会開催
3月4日 第61届2クラス64名の卒業生を招き、校友会新入会員歓迎会を 開催
4月3日 母校新校舎落成・熊猫幼稚園創立祝賀会の「開光典礼」に国術団 が協力
 母校1階に校友会室開設
6月15日 中華街の菜香新館に会員代表90名を集め、「2010横浜中華学 校校友会各届代表大会」を開催し、校舎移転に伴い、会の所在地を山手町 から吉浜町2‐66に変更するとともに、一般会員の代表大会への参加を 歓迎するむね章程を改定。(謝明華会長を選出)
8月24日 初めて新校舎講堂で校友聯歓会を開催。過去最大の650名余が 参加 (実行委員長潘永誠)
10月19日 母校と熊猫幼稚園の教職員と校友会理事が茘香尊酒家で懇親 会。(50名が参加)金一封と、小学部・中学部のバスケット部と卓球部に 「山手中華学校」の文字が染められた応援横断幕、舞踏部に舞踏用扇子、  中学生用獅子3頭と幼稚園児用獅子5頭を贈る
2011  1月22日 高校生・大学生ら若い会員を主体とした新年会を伊勢佐木町の 「龍鳳」で開催
3月3日 校友会新入会員歓迎会を開催
3月20日 国術団が媽祖祭の「東北地方太平洋沖大地震被災者支援パレー ド」 に参加し、募金活動を行う
4月3日 東日本大震災の復興チャリティーバザーに国術団出演
5月11日 歴代会長を招いて現理事と懇親会。張師捷・潘創治・費龍禄・ 曽德深・鄭青榮・謝成發・王忠福の歴代会長が出席
8月6日 母校6階体育館にてバスケット部OB会開催
 (学校側担当:窪野明男・鄭民財。OB世話人:黎啓榕・梁慶民・謝明華)
 新校舎体育館にバスケット部のOB、1届生から中学1年生まで総勢73  名が一同に会し、試合やフリースロー競技などの交流を行った。OBは夕 刻より、途中参加も含めて60名が三和楼で懇親会を開いた
8月24日 横 浜中華学校校友会60周年記念大会・2011聯歓会を母校 にて開催(実行委員長梁慶民)
 『横浜中華学校校友会60周年記念誌』を発行

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